LEAN STYLE in ニューヨーク

30代、NYで働く私なりのミニマムで自由な生き方、リーンスタイル

「好きな服を着て生きる」というコト。

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美容室での会話でハッと気付いたこと

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先日、担当の美容師さん(女性)とファッションの話をしていた時、彼女がこんなことを言った。
 
「わたし、今までずっと美容師をしてるので、人生で自分の着たい服を着れなかったことがないんですよね」と。
 
それを聞いて、私の口からとっさに出た言葉
「それって最高ですね」
 
と同時に、「じゃぁ私は着たい服を着ていないんだろうか?」という疑問にハッとした。

服は環境に抗えない

「好きな服しか持ってない」とブログで公言する私も、会社員という属性や、日本に住んでいるということ、お財布事情など、あらゆる制約を取り払ったとしても今ある洋服が最愛ですと言い切れるか?というと自信がない。
南国に住んでいたらリラックスしたショートパンツにサンダルがいいし、生涯、旅人として生きるならば革靴は手放すだろう。今の環境の中で最愛のクローゼットでも、それはあくまで社会性を保った上での「好き」だから。
 
衣服はどうあがいたって環境に左右されてしまう。 
 
毎日、好きではない制服を着て仕事や学校に行く人。伝染しないよう慎重にストッキングを履くOLたち。
 
育児中ならビジューや飾りのついた服は赤ちゃんを抱っこするには抵抗がある。主婦ならば家で簡単に洗えるもの、動きやすい服を選んでしまう。
 
どれも理にかなっている。決して間違いではない。
 
でもそうしているうちに、いつしか本当の「好き」を見失ってしまう。
 
社会性を身につけると引き換えに、TPOをわきまえ「好きな服」とお別れをしたり、次第に「好きな服」自体を見失ってしまう。
 
だから「好きな服を着て生きる」というのは思ったより高めのハードルなんじゃないだろうか。

好きな服を着て生きるということ。

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あなたのクローゼットにある服。
 
それらは誰かに頼まれて仕方なく買った服ですか?
着てくださいとお願いされて着ている服ですか?
 
いいえ、自分で選んだはず。なのに、なんとなく似合わない、モヤっとする気持ちちを抱えているのはもったいない。
 
「好きな服を着て生きる」ということは、「自分が心から好きだといえる自分を生きる」
 
ということでもある。まさに冒頭の美容師さんにはその気持ちがあると感じられたからハッとさせられた。
 
だから、100%思いどおりの服を365日着て生きることは無理でも、時には「好きな服を着て生きる」ことに貪欲に、ワガママになる日があっても良いんじゃないだろうか。
 
ドレスでもいい、着物でもいい、いつもの洗いざらしのシャツが最愛ならばもちろんそれでも良い。
 
「こんな服を着ている自分が好き」って言えるのと言えないのでは装いに対する自覚が違う。好きを知っている人はいつだって強く見えるもの。
 
無難な服を1枚手放して、好きな服を1枚手にするだけで、毎日が新鮮な気持ちになる。服のそういうパワーが好きだ。
 
「好き」に誠実な人は、いつだって美しい。