LEAN STYLE in ニューヨーク

30代、NYで働く私なりのミニマムで自由な生き方、リーンスタイル

「私の部屋になんにもなかった時」の話

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それは社会人になりたての頃の話です。

 
就職して、地元から少し離れた街で働くことになった私は、学生時代から強がって地元で一人暮らしをしていたんですが、「誰も自分を知らない街」で暮らせるのが嬉しくて、これまでの自分を捨て一から生まれ変わるつもりで、何にも持たずに家を出ました。
 
 
その時の1DKの部屋には、
冷蔵庫も、
洗濯機も、
TVもソファーもありませんでした。
 
「ないならないで別に良いし、それってそんなに必要?アタシ的にはケータイとかコスメとかゴキゲンな音楽とかあれば他にはいらない」という、どう考えても全方位ナマイキで痛すぎる女子でした(もう10年位前なので許してね)
 
 
お金はなかったけど、若くて野心もあるし、その日暮らしで暮らせるはずという妄想。「此処から始めればいい」「あとはどうにでもなるさ」という希望。
 
あぁ、書くだけで恥ずかしいわっ…( ;´Д`)という思春期を引きずった毎日でした。
 
あの時が、「人生で一番なんにもなかった時」でした。
 
それから月日が経ち、会社の先輩が3000円で冷蔵庫を譲ってくれ、知り合いのおじさんが洗濯機をくれ、彼氏(今の夫)がTVの観れる当時の箱型Macintoshをくれ、少しづつモノは増えました。
 
そして、前回書いた記事の通り、お買い物街道まっしぐら。 

そして今の生活へ…

今では、もう冷蔵庫も洗濯機もない生活には戻れません、ソファーもカーテンもベッドも捨てられませんし、特に捨てるつもりもありません。
 
単純にモノの量でいうなら、昔の私は「ミニマリスト」で、今の私は「そうではない」ということになるかもしれませんが、買い物の呪縛から少し解かれて、今は昔の自分より心は穏やかです(え、ただの年のせい?いやん)。昔はただ刹那的で、無計画な若さを武器に強がって、でも結局は「物欲の世界」に憧れてたんですよね。
 

モノが少なければそれで良いのか?

 
何が言いたいかと言うと、当時の私には「モノが少ないからといって思考がクリアになった」とか「静寂で自分と向き合う時間が増えた」とかそういったものは全然なくて
 
「ただただ壁ぎわに座り、友達と長電話したりケータイ見てた」とか「雑誌見ながら、いつかこんな暮らししたいなぁ」とか、いうなれば煩悩まみれでした
 
だから「モノが少ないから」という理由で「あの頃は幸せだった」とは言えません。
 
結局、モノの分量よりも「自分の心と現状にきちんと折り合いがついていて、好きなように、やりたいように生きる」のが大切だと後になり気付きました。
 
モノの多い少ないではなく自分がその生活をどれだけ納得して選択し、誇らしい気持ちでいられるか」ということだけだと思うんです。

 

私の好きなサブカルなアーティスト達は、家の中がレアなお宝なんかで溢れててそれはそれで自信に満ち溢れた人生で、アートでカッコいいんです。心から好きなんだなって伝わります。

 
昔の私のように「モノがないから幸せになれない、だから消費行動を止められない」というのと「モノに囲まれて心から幸せを実感している」というのはパッと見は似てるケド、全然違うなと実感します。

「少ないから偉い」とか「多いから凄い」とかでなく自分自身のちょうど良いバランスを保ちたくて、それが今、自分の中では「減らす」方にシフトしています。それだけです。
 
なんにもない部屋からモノにあふれた部屋を経て、今の私はややもすると中途半端ではありますが、他人の価値観ではなく心から納得できるライフスタイルを、これからも模索していきたいと思っています。