LEAN STYLE in ニューヨーク

ミニマリスト主婦の単身NYライフ。自由な生き方、リーンスタイル

1万kmの国際遠距離結婚で考える幸せな家族と「自分がどう在りたいのか」について

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結婚記念日に想うこと

8月15日は、結婚記念日です。

 

いやいや、世間的には終戦記念日なのですが。

 

我が家は結婚記念日でもあります。

 

覚えやすく、夏休みを取れば毎年一緒に過ごせるからと決めた日。

 

今年は初めて夫と離れて過ごしました。

 

結婚から9年、夫が単身赴任のときにも、

この日は必ず一緒にお祝いしていたので、

自分がいま、遠い場所にいることを実感しています。

1万kmの遠距離デュアル婚

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ニューヨークと北海道

時差13時間、距離1万キロ

 

家族が離れて暮らすことについて、いやでも時々考えるのですが、

私に限らず、さまざまな事情で家族と離れて生活する人は多いはず。

 

長い人生の中で、パートナーや子供、両親と離れて暮らすことは、

誰にでも起こりうることですが、時にはそうした状況に

罪悪感を感じたり、悩んだりすることもあるのではないでしょうか。

距離や目に見えるものが全てではない

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ピンチはむしろチャンスという記事でも書いたけれど、

ここ数年で「物事の見た目と本質は必ずしも一致しない」と思うことが増えました。

 

一緒に住むことだけが家族の繋がりではない。

 

手元にあるモノだけが、大切なものとは限らない。

 

目に見えることだけが現実ではないし、

誰かの言葉が常に真実かどうかなんて誰にもわからない。

 

もちろん、目に見えることの安心感やありがたさって、とてつもなく素晴らしいものです。

でも、それだけが全てじゃないはずって強く感じるのです。

 

子供を留学させる親が、子供を愛していないわけがないように

物理的距離と精神的距離は必ずしも比例しない。

 

客観的な距離や、ましてや他人の目にどう映るかよりも、

大切なのはそこに課題があればきちんと解決した上で、

あとは自分がどう関わっていたいのか、当人の心のありかたの方が

ずっと大きいのではないかでしょうか。

 

家庭の中でどう在りたいか

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どこの家族にもきっと、それぞれのポジションってありますよね。

 

彼はお調子者だけど実はしっかりしてる、とか彼女は癒し系で新しいことを提案するのが得意というふうに、

 

なんとなく居心地の良い自分の役割ってあると思うんです。

 

私なりに考える、「家庭の中でどう在りたいか」の理想は、

ちょっとカッコつけたことを言うと、

ジョージ・エリオットの言葉のような感じなのです。

 

 空の星になれないなら、せめて家庭の灯になりなさい

Become the light of the home at least if it is not possible to
become the stars above. (ジョージエリオット)

 

いつも夫の隣で、明るく自分と彼の人生を照らすだけが灯ではない。

 

目の前でゆっくりと優しく光るロウソクのような灯もあれば、

月のように遠くで輝く灯だってある。

星になれなくても、遠く離れても、誰かの何かの灯になれる可能性は

いつだってある。

 

それは家族のそれぞれの役割の違いであって、

互いのバランスさえ取れていれば「こうあるべき」みたいなものに

無理に自分を当てはめたり、当てはまらない自分を責めたり、

落ち込んだりする必要はないと思うのです。

 

夫は、そうした私の心情を理解しているからこそ、悩んだ結果今の状況を応援してくれていると信じています。

 

近くにいても、遠くにいても、それぞれが家庭の中でのびのびと自分の在りたい姿でいられたら、誰がなんといおうとも幸せな家族だといえると思うのです。