LEAN STYLE in ニューヨーク

ミニマリスト主婦の単身NYライフ。自由な生き方、リーンスタイル

電気ガス水道なし。北海道アイヌモシリ一万年祭で感じた自然の一部に溶け込む暮らし。

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夏の思い出、アイヌ一万年祭

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家フェスの椅子はもちろんキャンプにも活躍中)

久々に、今年の夏休みにアイヌ民族のお祭りに参加しました。

 

アイヌ民族は、もともと北海道や樺太・ロシアなど幾つかの地域にいた先住民族です。 毎年、北海道沙流郡平取町というところでアイヌモシリ万年祭というお祭りを行っています。

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この一万年祭ではアイヌの先祖の供養であったり、カムイ(神)を祀る儀式や、歌や踊り、キャンプファイヤーなどをしながら1週間を過ごすというもので、全国や海外からも主にヒッピー思想の方が多く集まります。 

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(藁葺きの寝床、儀式をする場所、出店など)  

 

 原始に還る・消費しない暮らし

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皆さんは電気・ガス・水道のない暮らしを経験したことがありますか?

 

災害の避難所などで似たような経験のある方がいるかもしれませんし、逆にキャンプは好きだけど「電源・洗い場完備、コテージ付きオートキャンプ場」でしかキャンプはしないという方もいるかもしれません。

 

例えば、アイヌモシリ一万年祭の朝。

 

綺麗な小川では、水遊びする子供がいたかと思えば、服や食器を洗う人、その川下では体を洗う人などが居て、みんなで水という資源を使っていました。

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電気はお店にほんの一部あるだけ。発電機を持参する参加者もいません。街灯も

もちろんないので、夜は懐中電灯を頼りに歩きます。

 

祭壇の前には大きなキャンプファイヤーがあり、お祭の間はこの火が消えないように、一日中、気づいた人が廃木を焚べ、火を灯し続けることになっています。火にも神が宿っているから。

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どんなに文明が発達しても自然は何百年、何千年と変わらないという大きな事実に気づき、夜中に火をぼーっと眺めているだけで、あっという間に時間が過ぎていく不思議な感覚。

 

ファイヤーセッションをやったりもしていて、以前見た時は、完全に異国にトリップしたような感覚になりました。


アイヌモシリ一万年祭 2011 モシリーズファイヤーセッション

 

夜には誰も通らない道。自分の足元どころか、自分の手が開いているか閉じているかさえも見えない真っ暗闇の中。

 

車が一台も通らない道路に思いきってゴロンと大の字に寝転がってみる。すると満天の星空に流れ星をいくつも見ることができました。

 

都会で夜空を輝かせる人工的な夜景も綺麗ですが、空にお星さまがもう数えるのもイヤになるくらい、いーぱいあることを知らずにいる子供がいたとしたら、ぜひ見て欲しいなって思うくらいとても素敵なのです。

自然こそ、何にもないのになんでもある暮らし 

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木にミラーボールを吊るし、1筋のライトがそれを照らすと、辺りはまるで自然のプラネタリウムのようでした。その奥で、バーベキューの残り火を囲んでおしゃべりをしている人たちはとてもゆったりとしていて楽しそうです。

 

携帯電話はかろうじてdocomoが繋がりまずが、それ以外は圏外。スーパーは車で30分以上走らないと近くにはありません(鹿肉は敷地内で買うことができます)。おしゃべりするか、食べ物を焼いて食べるか、考え事にふけるか、できることは普段の生活よりずっと少ないけれど、日頃とは違う環境、違う人たちと話をしたり、聞いたり、感じたりすることから五感で感じるものはとても多い。

 

そこにいるだけで「何にもないの」ではなく、自然に溢れた「なんでもある暮らし」に思えてくるから不思議。だからモノがなくても慌てないし、澄んだ空気や火などあるものに感謝できるんです。

デジタルデトックスをして何をするのか

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「1日デジタルデトックスして頭スッキリ!」

 

こうした話はよく聞くし、家で情報を遮断して、ゆったり本を読んだり、散歩をしたりして過ごす日常もとても良いのですが、同じデジタルデトックスでも、

 

家の中のモノを減らし、SNSをシャットアウトして瞑想してゆったり過ごすのと、

 

キャンプファイヤーの火をぼんやり見つめ、星空を眺め、美味しい食べ物を食べ、知らない人の旅の話などを聞いて過ごすのとでは、

 

それらは全く別物です。

 

夏は北海道、冬は沖縄で働きながら暮らす人たち、年収数万円(数十万円ではない)で生きる人、脱原発・脱戦争・脱消費社会・半農半X、それぞれの生き方は皆違うけれど、とても刺激のある人たちばかりでした。ちなみに、そこで知り合った熊本出身の方によると、アイヌモシリ万年祭の空間は、熊本のエコビレッジ集落「サイハテ」と似てるそうです。

 

モノを持たない暮らしというのは、手段であって目的ではない。自分の中のいろんな雑念や感情や、余分なモノや過去やこだわりや、そういったものを手放して、どこに向かうのかは本当に人それぞれです。

 

自然やこの世のあらゆるものにはカムイ(神)が宿るとし、その祝福と民族の供養を行い、一万年前は皆、神の子だったから原点に還ろう、というこの一万年祭。

 

明日から今の生活を捨てて山籠りする生活はできませんが、自分にとって、社会にとって、自然にとって、大事なことってなんだろう?生きるって面白いなぁといった色んなことを感じずにはいられない一日でした。