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LEAN STYLE in NYC 〜リーンスタイル in NY〜

ムダのないスタイル。そして一歩を踏み出す。

LEAN STYLE

LIFE,STYLE,FASHION,CULTURE,HOME...

コンプレックスを拭い去るきっかけになったのは「ライフワーク」という言葉

持たない暮らしを目指すまでは、典型的なマキシマリストでした。
 
今では潔く捨てる感覚が少しづつ身についてきましたが、それまでは美人にはなれなくても新色のコスメがあればちょっとは可愛くなれるはずとか、流行のコートとバッグと靴があればお洒落になれるはず、なんてことばかり考えていたんです。
 
 

24時間武装モード時代

根底にあったのは、自分をさらけ出すのは恥ずかしいという不安「いかに武装するか」に日々必死であり、夢中でもありました。自分を少しでも良く見せてくれるものはどんどん買い、その為にせっせとアルバイトや仕事に明け暮れました。
 
 
恋人の前では寝る時もメイクを落としたくなかったし(彼の寝た後にそっと落としたり)、友達と会う時はオシャレな服を着ていないと恥ずかしかったんです。
 
 
一言で言うなら「自分に自信がなかった」、コンプレックスの塊でした。
 
 
出掛ける時には「夜遊び用」の服を持ち歩き、手持ちのコスメはいつでもフルメイク出来るよう一式全て持参。本も何冊も持ち歩いてましたし、ファッション雑誌は毎月、殆ど目を通してました。
 
 
こういう生活を何年も過ごしてきました。
でも、この暮らしには大きな弊害がありました。
 
 

いつも「何を買うか?」しか考えていなかった

 
自分に自信がないので、常に流行や情報を取り入れ、市場リサーチしないと置いていかれます。
 
週に何度も買い物に行き、ZOZOタウンや楽天はもちろん、海外のサイトから安くブランド品を個人輸入したり、雑誌を見ながらBUYMAでのブランドチェックをしたり、多分平日でも毎日3〜4時間平気で費やしてました。
 
 

そんな私への夫の反応

夫は私のコンプレックスを深く理解し、「そんなに買わなくても十分おしゃれだよ」とか「本当に素敵な人は外見でなくても内面ですぐわかるもの」とか時折、諭すように言っていましたが、正直全く耳に入ってきませんでした。「そんなの劣等感のない人の言うセリフでしょー」なんて返してました。
 
 

ある日いわれた一言…

 
ある日、夫から「人生のライフワークは何?」と聞かれました。
 
夫は時々、社会情勢や文化的な問題についての私の見解を聞いてくるのですが、自分の本質みたいなものについて率直に聞かれることはあまりありません。
 
私は言葉に詰まりました。
 
 
「俺はね…」と澱みなく出てくる彼の言葉。結婚生活とか老後とかいう、ゆるめのワードは一切出ない、彼自身が人生で何を生き甲斐とするかという「彼自身のライフワーク論」です。
 

 

 

 

「ライフワーク」で豊かに生きる

「ライフワーク」で豊かに生きる

 
 

 

 

 

本田健さんはライフワークについて次のように定義しています。
「ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って自分らしさを表現し、まわりと分かち合う生き方」
 
私のライフワークは?
買い物…お洒落…買い物…買い物…
 
 
このままだと私の人生は買い物で終わる。
 
ちょっとした恐怖に頭がクラっとしました。なんでこんなふうになっちゃったんだろうという後悔。何も言えなかった、悔しくて悔しくて、お気に入りの服を着ていたのに、心だけ丸裸にされた感じ。薄っぺらな自分を突きつけられた時、ようやく声に出せたのは蚊の鳴くような声で「私、コンプレックスの塊だって言ったじゃん……」。
 
 

ライフワークは時間

 
その日以来、私にとって「ライフワーク」という言葉は、時折自分を見直すきっかけになりました。
 
「買い物の時間」を減らし、出来ることなら「捨てる時間」さえも減らし、自分自身のライフワークにだけ集中したい。
 
買うのも捨てるのも最終目標ではないし、人生でやり遂げたいことでもありません。その先に届かなければ、何も意味はないと私は思うのです
 
ライフワークといっても大それたものではありません。今は、人とか旅とかブログ、そして本に映画に音楽に、「自分から湧き出る感情を分かち合う生き方」を追い求めたい、ただそれだけです。
 
コンプレックスを言い訳にして、時間を無駄にしている場合じゃないと自分に言い聞かせました。
 
「ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って自分らしさを表現し、まわりと分かち合う生き方」
 
そんな生き方を、私はしたいです。
 
長文読んでくださり、ありがとうございます。
んちゃ