読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

LEAN STYLE in NYC 〜リーンスタイル in NY〜

ムダのないスタイル。そして一歩を踏み出す。

LEAN STYLE

LIFE,STYLE,FASHION,CULTURE,HOME...

21世紀のカッコいいとは?

カッコイイとは?

http://www.flickr.com/photos/37996646802@N01/6706525107

photo by cogdogblog

 

過去2回の投稿で「可愛い」「美人」を取り上げたので、

次は「カッコいい」で締めくくりたいと思います。

 

いわゆる「カッコいい」の定義

格好いい、すなわち男女に限らず外見がよい、イケてる、good-looking 、cool、 stylish…、必ずしもビジュアル面に限らず、内面・人間性でも「カッコいい」は使います。

 

江戸時代から「粋」は庶民の生活から生まれ、身なりや振る舞いが洗練されていて、遊び方を知っているということでしたので、日本人は古くからこの美意識を持ち合わせているようです。

 

難しいのが、

「カッコいい」という理想を目指すばかりに、

→カッコつける=カッコ悪い。あちゃー。

→じゃぁ、カッコつけない

=カッコいいとは限らない。あちゃー。

→じゃぁ、どうしろと??

 

という具合に「カッコいい」には理屈・理論では、簡単に説明できない難しさがあるし、視覚からの情報を否定しきれないというジレンマもあります…。

特別に「カッコいい」を目指すつもりはなくても、無粋とか野暮ってのも、ちょっと、ね?、カッコ悪いよりはカッコよくありたいという感情は少なからず、心にあったりしませんか?

 

高城剛氏が「カッコいいとは?」に答えてた。

 

そういえばと、高城剛氏が著書の中で「カッコイイ」について質問に答えていた部分を早速引用。

 

カッコいいやカッコ悪い、は妄想ではないか、と常々思っています。

人工的な見た目の話であることがほとんどです。大自然を見て、カッコいいとは思いません。素晴らしいとか、不思議だとか、癒される、などと感じるはずです。すなわち、カッコいいとは不自然なことを言うのです

だから、カッコイイ人を目指してはいけないのです素晴らしい人や不思議な人や、自然な人を目指さなくてはいけないのと思うのです。それは、一般的に言われるナチュラルとも違うのです。自然体とすら感じさせません。しかし、強いエネルギーは、その人にほとばしっているのです。まるで太陽のように。

脱COOL。これが21世紀のセンスになるでしょう。僕はまだまだだなと思い、今日も世界の果てまで修行と遊びに出かけるのであります。(『私の名前は高城剛。住所不定。職業不明。』より)

 

2011年発行の書籍であり既に4年の時を経ているものの、カッコいいを目指すのではなく、「カッコイイ」を目指してはいけないと説く。

 

ふむ。肩の力が抜けてなんとも21世紀っぽい気持ちになる(私だけか)。カッコいいとか悪いとか、そういうことすら『カッコ』にいれて閉じ込めて、自然体でいたい気分になる。

 

持つとか持たないとか、こだわるこだわらないとか、ぜーんぶひっくるめて、そのフィールドから一度離れる、俯瞰する方が物事はきっとうまくいく気がする。

 

もう「他者と比較しない」は聞き飽きたし、皆わかってる。他人は勿論のこと、自分の固定観念とのギャップを埋めたりもしない。ただ波を漂うようにシンプルに生きたいなと感じる。カッコつけたくなったら、そんなコトどうでもいいか、はははと一度笑い飛ばしてみようかな。ただSimple&Authenticに生きようっと。んちゃ

私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明

私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明